今さら人に聞けない「フライボール革命」について

ここ数年、野球界で大きなトピックとなっていることと言えば「フライボール革命」でしょう。

今さら人に「『フライボール革命』って何?」と聞きづらい方々が多いのではないかと思い、今回は「フライボール革命」についての基礎的な知識をお伝えしようと思います。

 

近年、上から下にたたくようにボールを打つのではなく、俗にいう「アッパースイング」で打つように指導する傾向にあります。

上から下にたたくように打つ打ち方は時代遅れ、「昭和の野球」と揶揄されるほどにその傾向は強くなっています。

これは「フライボール革命」の影響を受けているからです。

 

「フライボール革命」という言葉は、少し恐ろしいと私は感じています。

フライボールという言葉を文字通りに解釈すればフライを打つということなのですが…

日本人がフライと聞いて連想する打球とアメリカから出てきた理論を背景にしたフライという打球とでは差があるからです…

 

皆さんは「フライ」と聞くとどのような打球が思い浮かびますか?

高く打ち上げられた打球を考えませんか?

 

それでは、一つひとつ紐を解いていきましょう。

 

まず、「フライボール革命」にはどのような事の発端があるのでしょうか?

 

アメリカでは新たな選手の評価指標や斬新な戦術を提案する「セイバーメトリクス」と言われるモノが出現しました。

セイバーメトリクスはアメリカ野球学会(Society for American Baseball Research)の略称「SABR」と測定基準「metrics」を語源としています。

ビル・ジェイムズという人が、野球草創期から定着し、蓄積されてきた膨大な野球に関するデータを、統計学の視点から洗い直すことによって、新たな選手の評価方法や戦略術、すなわちセイバーメトリクスを提案しました。

代表例としては、従来は「打率」で打者の良し悪しを主に評価していましたが、「OPS(出塁率+長打率)」を提案し、四球での出塁と、ホームランとヒットとの価値の差を評価に組み入れました。このOPSは得点との相関が強いと言われています。

近年、様々な分析機器が登場することによってパフォーマンスの多様な分析が可能となり、新たな指標で評価することが可能となりました。

MLBのすべての球場にはトラックマンと呼ばれるトラッキング(追跡)システムが設置されています。

さらに、持ち運び可能な「ラプソード」という分析機器が登場し、球場のみならず、ブルペンや屋内練習施設においてもパフォーマンスの多様な分析が容易にできるようになりました。

 

そうした中、打撃において「バレルゾーン」という得点に繋がりやすい打球速度と打球角度の組み合わせが存在することが分かりました。

2016年のMLBのデータをもとに分析した結果、打球速度が158km/h以上、打球角度が30~26°で、打率.822、長打率2.386という驚異的な数値を示したそうです。

これが「フライボール革命」が起きた事の発端です。

つまり、158km/hの打球で打ち返すこと、30~26°の角度をつけることの2つをしたら相当高い確率でヒットなり長打が打てるというデータが出たからそのように打とう!となったわけです。

 

ここで、気づいた方は鋭い!

打球の角度がそんなに高くないということです。

(真空状態で空気抵抗を考えなければ45°が最も遠くに飛びます。)

日本人の感覚で言えば少し角度のついたライナー性の当たりとも表現し得るでしょう。

 

説明が長くなりましたが、「フライボール革命」の正体は打球速度158km/h以上、打球角度30~26°を目指してフライというかライナーを打っていこう!ということなのです!

(ただし、このデータはMLBのデータであるということを忘れてはいけません。

NPBのデータではまた異なる結果が生まれるかもしれません。

また、小中学生のデータではまた異なる結果が生まれるかもしれません。)

 

そして、ここからは持論ですが、これらのデータ分析の結果は統計であり、それをそのまま現場で生かせるかと問われれば私は首を横に振ります。

「アウトを消費する間に奪う得点を最大化する」という考え方に基づくのがセイバーメトリクスの根本にあるように思います。

もちろん参考にはなりますが、試合を決めるここぞという場面ではその場面に相応しい戦略を取ることで勝利する確率を上げることが可能だと思います。

サヨナラの場面では、1点を取れば良いわけです。

その場面では得点を最大化する必要はない、ということはバントをする。

昨年の日本代表U18が世界の頂点に立ったことの中にその全てが入っていると私は考えます。

 1点を取って守って勝ちに行く、ディフェンス能力が高ければオフェンス能力が多少劣っていても勝利することは十分にできるわけです。 

ここに統計ではすべて拾いきれない「文脈」があるわけです。

 

最後に、小中学生たちがこのバレルゾーンに挑戦するのは全く問題のないことですが、打球速度158km/h以上を打つためには128km/h以上のスイングスピードが必要と言われています。

ウエイトトレーニングで筋力アップを図ろうと試みる場合には、発育・発達を必ず考慮して行なわなければなりません。

また、今回お伝えしたように、フライを打ち上げることが全てではないため、「フライボール革命」という言葉やそこから派生した野球理論の根本を知らず、見様見真似でトレーニングしたり指導を試みたりすることは危険です。間違った解釈をしないよう、日々学び続けていきましょう。

もちろん、私も同様です。